アジアの王室に起きたこと、起きていること

ネパール王室廃止の裏側に何が・・・

画像:https://www.jiji.com/jc/d2?p=roy002-00887488&d=011int

🟡外務省のサイトからネパール王室廃止までの流れ

2006年6月王宮内の密室で、銃乱射により王族9人が同時に亡くなった。

ネパール政府はビレンドラ王の息子で王太子の地位にあったディペンドラ王太子が突如銃を乱射して国王一家を殺害してしまったと発表した。

ディペンドラ王太子はその直後に自殺を図ったと言われたが、自殺にしては打ち込まれが銃弾が後ろから来ていることなど謎が多い。

ネパール王室は実権をナラ家に握られており、そのナラ家の背後にはイギリスがいた。

1951年、王家が政権を握るも、王妃はナラ家の人間だった。

ディペンドラ王太子には結婚したい女性がいたが、その女性はナラ家の人間であったものの、王妃のナラ家とは対立関係にあった。

そのため、ビレンドラ国王夫妻からはディペンドラ王太子の結婚は反対されていた。

それがディペンドラ王太子が王族を殺害した動機だとされたが、不自然なことが多かった。

また、王の弟の一人、ギャネンドラだけは事件当日別の場所にいて、事件の現場にいた彼の身内はなぜか無傷に近かった。

そのため今でもネパール王家殺害事件はギャネンドラと国軍が結んで起こしたクーデータだと噂されている(2008年退位するときギャネンドラ自身が改めてこの疑惑を否定しているが)。

この辺の詳しい話はこちらの動画、などを参考にしていただき、今回は書籍「悪魔の13血流」に興味深いことが書いてあったのでご紹介したいと思います。

ネパール王は、1960~1970年代、もともと貧しいインズー教王国に君臨していた。
北方から中国の侵略の可能性があり、南からはインドのコングレス党(国民会議派)が侵略を試みていた試みていたり、ネパール王の立場は不安定だった。
ネパールの指導者はイギリス式の教育を受け、おそらくはイギリス式に洗脳されていた
実際ネパールのグルカ族はイギリス軍のために戦い、兵を提供して香港など帝国の残り物を警護した。
イギリスのM16とアメリカのCIAもネパール王国内での存在を維持していた。
重要な点は国王は王では合ったかもしれないが自由ではなく、世界秩序の意向に沿わない、独立して思い通りのことをやっていくわけにはいかなかったということ。これらの強力な力の機嫌を損ねれれば、王は自身の権力を失う結果となるだろう。

この本は1998年に書かれています。

国王と言っても世界の支配層から自由ではないということがわかります。

王政復古を望むのは中国

現在のネパールは政情が不安定であるために、一部からは王政復古を望む声が出ているそうです。

が、ギャネンドラ氏への不信感も根強い上に、若い世代には旧王室への敬意はない。

そんなネパールの混乱を注視するのがインドと中国。
習近平は2019年10月、国家主席として23年ぶりにネパールを公式訪問。両国を結ぶ鉄道建設に意欲を示すなど国内のインフラ整備を支援する方針。
産経新聞には、この王政復古の背景を以下のように書いている。
ジャイスワル氏は「仮定の話」と前置きした上で、「もしかしたら中国は数年ごとに首相が変わるネパールの政情を嫌気して、王政を望むかもしれない。王政復活はネパール国内の事情だけではなく、インドや中国の思惑にも左右されるだろう」と話している。

https://www.sankei.com/premium/news/201227/prm2012270006-n1.html

 

タイのワチラロンコーン国王

不敬罪のあるタイ王室もプミポン国王崩御後、ワチラロンコーン国王が2016年に即位しましたが、この方の評判もすこぶる悪い。

https://xn--p8jjyp8b9p.com/%E3%83%AF%E3%83%81%E3%83%A9%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%B3%E5%9B%BD%E7%8E%8B

ここのサイトを見ると国王としての「ありえなさ」が突き抜けていて、笑ってしまった。

これでは国民も怒りますって。

眞子さまの件で、なぜ国のお金で最高の教育を受けられた内親王が小室さんのような人を選んだのだろうーと驚きましたが、こっちのスケールにはかないませんでした。

ただ、アジアのどこの政治も王室も政権も背後にあるものは外からの力であって、まして日本では公然とCSISとの関係を公にしている政治家が政権を握っているわけですから、今の皇室のゴタゴタも小室さん問題としてだけ簡単に済むものではないと思うわけです。

 

 

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