<皇室>本人の意思が何より尊重されるー小室さん問題

本人の意思が何より尊重される

眞子さま、小室さんの記事を見ていると、もうこれが出たらアウトでしょうと思うことでも、最後には「眞子さまのご結婚の意思は変わらない」という一言と、「本人の意思が何よりも尊重される」という秋篠宮両殿下の教育方針で、破談は遠のく、この繰り返しです。

皇族方というものは、私よりも公のためを優先されるはずと思ってきたので、この言葉が出る都度になんともいえない気持ちになってしまいます。個人の希望、個人の意思が優先されるようになったのはいつからなのでしょうか。

 

皇族方の個人の意思を尊重のお言葉

■2017年9月3日ー婚約内定会見後

小室さんと娘の意思、喜んで尊重」 秋篠宮ご夫妻 (朝日デジタル)
https://www.asahi.com/articles/ASK9333CRK93UTIL005.html

小室さんと娘は、約5年の歳月をかけて、双方の気持ちを確認しながら結婚に向けての話を進めてきました。内定までの5年は、私たちの時よりも長い期間になり、2人の意思を確認するのには十分な時間であったことと思います。私たちは、その2人の意思を喜んで尊重いたしました。

この頃すでに、圭さんの父、祖父の連続自死、結婚式の費用が出せない、収入が少なくどうやって結婚生活を送るのかなど、進路がはっきりしない経歴など、様々な問題が記事になって表に出ていましたから、お二人の意思を喜んで尊重ーだけで大丈夫なのかと多くの人が思っていたと思います。

 

■女性自身2018年2月13日号 (婚約延期を発表した後の週刊誌)

『紀子さま奔走
「眞子を守る・・・」緊急家族会議と「極秘支援を」実家へSOS』
2018年1月25日、宮内庁で行われた2週間に1度の恒例の長官会見での宮内庁長官の言葉

(複数の週刊誌が小室佳代さんの金銭トラブルを報じたことについて、眞子さまのご縁談に影響するかと記者に問われて)

山本信一郎宮内庁長官の答えが以下。

ご結婚ということについては、基本的には(眞子さまと小室圭さんの)2人の問題ですし、ご両家の問題です。私どものほうからとやかく申し上げることは何もございません」

宮内庁長官の突き放した言い方。

皇室の中がお相手の家の金銭トラブルが問題にならないほどに、「本人の意思(だけ)を尊重する」考えが行き渡っているのかなと思える会見でした。

同じ記事の中には両殿下のお考えも書かれていました。

秋篠宮ご夫妻も眞子さまの意思を尊重するお考え
「秋篠宮さまと紀子さまは、眞子さまの意思を再度確認されるために、話し合いの機会をもうけられたそうです。いわゆる家族会議ですね。しかし眞子さまは、小室さんとのご結婚については、お気持ちは変わっていらっしゃらなかったと伺っています」(前出・宮内庁関係者)
〜〜
「たとえば小室圭さん本人の借金トラブルや女性問題などならともかく、圭さんのお母さんの問題ですから、破談の理由にはなりえません

 

■週刊女性2018年5月22日号 結婚延期後、破談になるのではと言われていた中での記事

「[GW] 出発は別々、間際まで同行を迷われていた眞子さま 小室圭さんのゴールデンウィーク、図書館で「参考書」開くも読まず」より

当初は小室家に不信感を持たれた秋篠宮様でしたが、最終的には、眞子さまのご意思を尊重されるスタンスのようです。

 

■宮内庁、眞子内親王殿下に関する最近の週刊誌報道について
https://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/koho/taio/taio-h30-0525.html

眞子内親王殿下の納采の儀を始めとするご結婚関係儀式等の延期が発表されて以来,このことに関する両陛下,取り分け皇后さまのお考え,ご対応について様々な憶測がなされ,記事にされてきましたが,このことに関し,両陛下は当初より一貫して変わらぬ対応をしてこられました。

両陛下が第一に考えられたことは,これは眞子さまの内心に触れる事柄であり,何人といえども,恐らくはご両親殿下でさえ眞子さまのお考えを待つ以外おありでないということでした。そうした中,ご自分方として出来ることは,極力周囲の雑音から眞子さまを守り,静かな状況を保つ中で,眞子さまがご自分の考えを深められるよう助力なさるということでした。

〜略〜
この度,早くより,眞子さまや秋篠宮両殿下,お相手の方に静かに考える環境を与えることを最重要と判断され,沈黙に徹してこられた両陛下のお考えが無にされたことは余りにも残念であり,宮内庁として,この問題に関するこれまでの両陛下のお考えとご対応をお伝えすることに致します。

■宮内庁、「週刊文春」(平成30年7月26日号)の記事について(小室さんの米国留学が発表された後の週刊誌記事についての反論)
https://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/koho/taio/taio-h30-0730.html

週刊文春7月26日号の「小室さんは『夢追い人なの』~美智子さまのお嘆きと眞子さまのNY行き」と題する記事において,匿名の「知人」の話として,皇后さまが小室圭さんのことを「あの方は夢追い人なの。でもその夢は完成しない,不完全なもの」と語られるなど,様々に話されたとの記述についての反論。

眞子内親王殿下をめぐる週刊誌報道については,既に本年5月25日に宮内庁ホームページで,両陛下は,極力周囲の雑音から眞子さまを守り,静かな状況を保つ中で,眞子さまがご自分の考えを深められるよう首尾一貫して一切の発言を慎まれてこられたこと,また,眞子さまや秋篠宮両殿下の周辺で,皇后さまの名の下に思いも寄らない様々な雑音が立てられていることに皇后さまのみならず陛下も深くお心を痛めておられることを説明しました。

記事は,このホームページにおける説明の一部を引用しつつも,「美智子さまのお嘆きの気持ちは,余りにも痛切だ。・・・『小室さん米国留学』の一報は,皇室の雰囲気を一変させるに余りあるものだった」として,「知人」の談話を通して,その後,皇后さまのお考えが変わったと報じています。

しかし,この問題に対する両陛下のご対応には,その後も全く変わりがありません。今も一貫して一切の発言を慎まれています。

なお,日頃から両陛下と親しく,そのお気持ちをよく知る本当の「知人」であれば,このような時に,敢えて両陛下のお気持ちに立ち入ろうとしたり,匿名の「知人」として外部に自分が推測した話をするようなことは到底考えられないことです。

この時期は小室家の金銭トラブルで結婚が延期になっており、いつ破談になるか、辞退を言い出すかと国民が思っていた頃。それが金銭トラブルを解決することなく、さらに奥野法律事務所から援助を受けてアメリカに留学するというので、国民はとっても怒っていた時です。

その時の国民の批判を雑音と言われているのかなと悲しくなりました。

そして、ここは天皇・皇后両陛下に采配を奮っていただきたい局面と思っていましたが、あくまでも眞子さまのお考えを待つしかないと。

天皇・皇后両陛下もあくまで眞子さまの意思を優先するというスタンスでありました。

 

■佳子さま、2019年3月22日のICU卒業の日のコメント

「私は、結婚においては当人の気持ちが重要であると考えています。ですので、姉の一個人としての希望がかなう形になってほしいと思っています」

 

■女性セブン2019年7月18日号

秋篠宮さまから伝わる“娘の意思を尊重したい”との思い
https://www.news-postseven.com/archives/20190707_1405514.html?DETAIL

「秋篠宮ご夫妻は、眞子さまとは結婚についての会話がない状態が続いているそうです。秋篠宮家では、子供たちそれぞれの意思を尊重する子育てをされてきました。今さら、眞子さまが決められたことを否定するわけにはいかないというご夫妻の思いもあるのでしょう」(宮内庁関係者)

 

■秋篠宮さまは30日、55歳の誕生日会見にて (東京新聞 2020年11月30日)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/71342

秋篠宮さまは、眞子さまが13日に小室さんと互いの結婚の意思に変わりがないとする文書を公表したことに「憲法にも結婚は両性の合意のみに基づいてとある。本人たちが本当にそういう気持ちであれば、親としては尊重するべきものだと考えています」と語った。眞子さまとの話し合いを含めて判断したという。

 

個人の意思が何よりも大事にされるは教育はいつから?

「質素・誠実・平等」そして自分で考えることを教えたバイニング夫人

それを辿っていくと、上皇陛下の家庭教師バイニング夫人の記事に当たりました。

■天皇陛下に「平等」の観念を教えたヴァイニング夫人の教え(週刊FLASH 2017年3月7日号)

天皇陛下に「平等」の観念を教えたヴァイニング夫人の教え

昭和21(1946)年、学習院中等科に英語教師として招かれたヴァイニング夫人
ヴァイニング夫人は敬虔なクエーカー教徒だった。
ヴァイニング夫人招聘のきっかけは、「明仁の教育にアメリカ人教育者をつけたい」という昭和天皇のお考えから。

クエーカー教はキリスト教の一派で「質素・誠実・平等」を旨とし、平和主義を掲げる。夫人は授業では、自らの信仰を押しつけないよう配慮していたというが、根底には、その精神が貫かれていた。

「先生は『人間はみんな平等』だと始終、おっしゃっていました。ほかの生徒たちにも英語名をつけ、殿下を『ジミー』と呼んだのも、平等の考えからだったと思います。優等生も劣等生も分け隔てなく可愛がっていました」

陛下の同級生の一人、明石元紹氏が、今の陛下からも感じられるヴァイニング夫人の教えについて語る。

「陛下は、お言葉の原稿などすべてご自身でお考えになります。夫人は、人はロボットではない、自分の意思を持ち、それに従い行動せよと語ってきた。陛下はそれを今も実践されています

 

バイニング夫人が皇太子の家庭教師に選ばれた経緯

バイニング夫人の著書「皇太子の窓」に詳細に書かれている。
http://www.kanekashi.com/blog/2015/06/4231.html
↑こちらのブログからお借りしました。

「アメリカ人の家庭教師」というのは、占領軍から押し付けられたのだというような推測がしばしば行われているが、これくらい事実に反するものはない。「アメリカ人の家庭教師」というは天皇御自身が思いつかれたのである。皇太子の教育を委任されている人々とご相談になることさえなく、御自分から進んで申し出られたのであって、まったく先例のないことであった。(『皇太子の窓』31ページ)

さらに、同じブログから、昭和天皇がアメリカ人家庭教師を皇太子につけるに至った背景についても解説がありますので、こちらも引用させていただきます。

昭和21年(1946年)

訪日したアメリカ教育使節団が皇居を訪れた際に、昭和天皇が、団長のジョージ・ストダード博士に家庭教師をひとり、世話してもらえないかと声をかけたのが、きっかけ。

  アメリカ教育使節団とは?
アメリカ教育使節団はマッカーサーの連合軍総司令部からの要請によって招致された団体であり、日本の軍国主義的教育を一掃する目的があった。もっとはっきり言えば、日本人がこれ以上、アメリカに逆らえないように「洗脳」するのが目的であった。
使節団の名前の中に「ロックフェラー財団」の名前も見える。

皇太子が欧米を外遊し、NYに行くのはこの3年後ということになる。

 

ロックフェラーが頼ったバイニング夫人


■週刊新潮2019年4月11日号
「ロックフェラー機密文書」でひもとく
今上陛下の『ローマの休日』から

当時19歳だった皇太子(今上陛下)がNYのロックフェラーの家に招かれ、予定もメディアも入れない、皇太子さまは完全に自由な5日間を過ごされたことが書かれています。

そこには「皇太子に選択を与えて自分で計画させよ」とのロックフェラーの指示があり、その時の皇太子の行動は詳細に報告書に書かれていたというのです。

<以下記事の引用、時々要約>

皇太子殿下(現・上皇陛下)は1953年9月、エリザベス女王の戴冠式に出席するため半年に及ぶ外遊に出発した。英国、フランス、スペイン、米国など14カ国を回る。
ハイライトは9月17日の米国NYでの晩餐会。

NYでの晩餐会では、両国の関係者1500名が出席。
その晩食会の立役者が主催団体ジャパン・ソサエティの理事長、ジョン・ロックフェラー3世だった。
この晩食会でスピーチをしたのは当時のアイゼンハワー政権で国務長官だったジョン・フォスター・ダラス。
ジョン・F・ダラス氏は日本が独立を取り戻した講話条約の締結を陰で支え、設立間もないCIA(米中央情報局)長官の弟アレン・ダレスとともに米外交を一手に担った人物。

皇太子出席のこの晩食会をはじめ、米国滞在中のプランを考えていたのは、ロックフェラーと、ロックフェラーが頼ったバイニング夫人だった。

バイニング夫人は敗戦直後の皇太子の家庭教師。
バイニング夫人は、あらゆる決定を他人任せで受身な態度の皇太子を改めさせるために、アメリカ的な民主主義の思想と実践、自分の意思で行動するように、まず本人に自分で行動する自由、選択する権利を与えることが近道だと考えた。
このバイニング夫人の考えをロックフェラーは生かしたらしい。

皇太子一行は9月25日から5日間、ワイオミング州ジャクソンホールにあるロックフェラー家の別荘に滞在した。
専用のコックと護衛のみでマスコミは入れない、細かい予定も決めずに「皇太子に選択を与えて自分で計画させよ」とロックフェラーは側近に指示したという。

その時の側近、チョーリーは、忠実に指示を実行し、滞在中の振る舞いや反応など詳細な報告書が書かれているという。
皇太子は初めて自分の意思で行動する自由を得て、おずおずとカフェテリアの列に並び、市民に混じって昼食をとった。
 ロックフェラー家で自由な5日間を過ごした皇太子の6ページからなる報告書はバイニング夫人も回覧していた。

バイニング夫人は、
「殿下にとって、なんと素晴らしい体験だったことでしょう!自分で選択できる自由は生涯を通じて忘れられないと思います。(中略)これが世界の歴史にどういう影響を与えることか、誰が知るでしょう」
と将来の天皇についてこう、予言めいた言葉を残していた。

「(殿下は)ご自分の使命を自覚し、真摯にそれを受け入れておられる。l

皇太子はこのニューヨーク滞在中に公開されたばかりの「ローマの休日」も鑑賞している。

あの映画のクライマックス、束の間の自由を味わって、いつの間にかアン王女は、グレゴリー・ペック演じる記者と恋に落ちるが、互いに気持ちを言い出せぬまま、王女は祖国と王室への義務を果たすため、大使館へと戻っていく。その翌日に開かれた記者会見で、瞳に涙を浮かべながら彼女は「ローマの思い出は一生忘れないでしょう」と語るのだった。

平成に入って外務省が公開した皇太子外遊の記録には、なぜか晩食会でのダレスのスピーチや別荘での様子、『ローマの休日』を鑑賞されたことなど一切見当たらない。

<・・ここまで、記事の引用と一部要約>

皇太子の家庭教師をアメリカの教育施設団に頼んだのは昭和天皇だった。

「自分で自由に選択できる人生」を教えたバイニング夫人、「自由に選択し行動する」を実践させたロックフェラー財団。その皇太子の行動を詳細に記録していたロックフェラー。

GHQは戦後、皇室の弱体化を狙って、まず11宮家を臣籍降下させている。
その上で、宮内庁の共通の価値観としてキリスト教を広めた。宮内庁職員にはクリスチャンが多いのもそのため。
そして、今も日本の政治を動かすCSISはロックフェラーが組織するCFR(外交問題評議会)の下部組織。

自分で決めたことをする、自分の意思を大事にするーこれが皇族の中に受け継がれて、今の眞子さまの結婚問題に通じているとしたら・・、結局全ては敗戦から始まっているということになる。

おまけ>ジョン・デイヴィソン・ロックフェラー4世はICUで学んでいた

今回色々調べていたら、そのロックフェラーの4世ジョン・デイヴィソン氏は、眞子さま、小室さんと同じICUの卒業生でした。

ICUに在籍していたのは1957年から1959年までのようですが、ICUがジョン・デイヴィソン氏に名誉人文学博士号を贈呈したのは2019年。

https://www.icu.ac.jp/news/190328_n1.html

こちらに詳しく出ています。

2019年3月15日(金)、日比谷潤子ICU学長より元米国上院議員ジョン・デービソン・ロックフェラー4世氏に名誉人文学博士号を贈呈しました。学位贈呈式はワシントンDCの旧日本大使公邸で開催されました。
1957年 ICUにて英語を教授するとともに、日本語を学習(~1959年)
1961年 ハーヴァード大学卒業
1967年 ウェストバージニア州議会議員
1977年 ウェストバージニア州知事
1985年 上院議員(~2015年)

これも何か因縁めいていますね。

ちなみに2019年といえば、1月に最初の小室文書が出された時期で批判が殺到していた頃です。

 

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