広島原爆について

広島原爆について

 

大変な貴重な情報と写真を載せているブログがありましたので、リンクを貼らせていただきます。

https://ameblo.jp/nsagawa5068/entry-12757197413.html?frm=theme

広島原爆の日を前に

https://ameblo.jp/nsagawa5068/entry-12756832295.html

私たちが知っている広島原爆のキノコ雲は、

合成写真

本物の写真がブログに載せてある。

広島原爆の日を前に②

https://ameblo.jp/nsagawa5068/entry-12756862047.html

当時、核弾頭は飛行機に乗せられるような小さいものはまだできていなかった。

当時の核弾頭の大きさがわかる写真がブログに。

アインシュタインが
ルーズベルトに当てた手紙には
はっきりと 
航空機に搭載は無理 
と書かれている

こちらはツイートから

広島原爆の日を前に③

https://ameblo.jp/nsagawa5068/entry-12756885724.html

巨大な核爆弾は…川を利用して運ばれた。

広島原爆の日を前に④

https://ameblo.jp/nsagawa5068/entry-12757197413.html

広島原爆は正確には水上爆破

NHKスペシャル 原爆関連のビデオ2つ

他にもこの原爆投下については不自然なことが多かった。

⭕️NHKスペシャル 「封印された原爆報告書」 2011年08月03日
原爆投下後すぐに日本の調査団が広島に入る。
治療する気は無く、ただ、症状を記録するために写真を撮ったりしていた。
その報告書は日本の被曝者に役立てられるわけでは無く、英語に翻訳され、敗戦後すぐにアメリカに渡される。
アメリカはこの資料を元に冷戦時代のソ連攻撃において、どこに何発原発を落とせばどれだけ死ぬかという資料にしていた。
不思議なことに、広島では原爆投下の暗号を傍受していたにもかかわらず、警報を鳴らさず、さらに原爆投下の前日には若い女性や軍の将校が広島に集められていた。
アメリカに渡した死亡者の報告書には爆心地から何メートルの地点では何人いて、何人死んだかなどの詳細なデータが作られていた
⭕️NHKスペシャル 「原爆投下 活(い)かされなかった極秘情報 」  2011年08月06日
NHKのHPから
想定外の奇襲”とされてきた広島・長崎への原爆投下。
実は、日本軍は米軍の動きをつかんでいたことが明らかになってきた。
それなのに、なぜ多くの市民の命を守ることができなかったのか。
当時の資料や当事者の証言などから、国民の生命の安全よりも、国の担当者の事情やメンツを優先させた驚くべき実態が浮かび上がってきた。
被爆から66年。初めて明らかになる原爆投下の真実に迫る。
陸軍の情報部署第二はテニアン島からの原子爆弾を積んだ出撃命令を出さない、防空壕へ避難するようにということも出さない。
軍の上層部は何をしていたのか。
皇居では敗戦したら、天皇は、自分達はどうなるのかについて考えていた。
梅津参謀本部、まだ戦争は続けられる、第2の原爆投下はないだろうという発言をしたと記録されている。
その最中の11時、長崎に第2の原爆が投下される。
またしても空襲警報さえ出されなかった。
テニアン島からのコールサインを太田さんは傍受して報告していたが、何も情報を使った後がなかった。
軍の上層部に伝えていた堀さんは何も語っていない。
B29を落とそうとしていた太田さんは、何も出撃命令が出ないまま、被爆者の手当に当たっていた。
5時間前には軍の中枢が原爆投下を掴んでいたことを知った65年後の、太田さん。これが日本の姿か。これを許していたらまた起こる。
8月11日には全ての証拠の隠滅を命じられる。
B29の原爆投下の情報を傍受していたことの証拠も全て廃にするように命じられる。

 

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